徒然日記:A.M.T
Communication
一年のうち一日くらいは眠れない夜があって。 ひと月くらいは 手に負えないような月もある。というのが 普通の人の 一年サイクルなのではないかと。
それは かつては、自分にとっての細木数子さん流に言えば、天中殺の月というのは確か秋口であったはずなのに。 最近 気候変動のおかげで 人の運勢のサイクルも変動しているのか5月 まだ 続いているかな ここ最近が そんな月に当たっていた。
あ~~~あ 疲れたなぁ。 もう人間稼業やめたいなぁ と 思っても も少し こんなことにも慣れていかなきゃ 神さんも あちらに行かせてくれないのかな。 訓練訓練‥‥‥ と 日曜日 それでも ジムに行く気力だけはなんとか 奮い立てて そこそこ泳いで お風呂入って 帰りに セブンイレブンでビールと柿の種を買う。
そこで店員さんが、「袋は必要ですか?」 と お決まりのマニュアルの一言を。
わたしが 「大丈夫です~。 車だから 手で持ってきます ビールと柿の種(笑)」と少し自虐を含めて返す。
すると 自分と同じくらいか もう少し若いかな? 同世代の 元気いっぱいの店員さんが「おっきゃくさん、その髪の色 グラデーションがとても素敵ですね!」と笑顔で声をかけてくれる。
「ありがとうございます」と わたしは お礼をする。
「その サングラスの色も 髪のトーンと合わせてですか すごくいいです!」
「‥‥‥ 汗 あら ありがとう ちょっと‥‥‥そんな‥‥‥ ビールと 柿の種 399円也で そんなリップサービスもらえるとは 思ってなかったわ。ありがとね」とひねくれた いじけた返事しか出来ないわたし。
「ほんとうです わたし お世辞は言いません!!」と笑顔がヒマワリのような店員さんが元気に言葉がけする。
わたしも それに つられて
「ありがとね! また くるね!」と セブンイレブンにまたくるねはないだろうと思いながらも つられて私も元気に店を出る。
あら‥‥‥ なんか 一瞬 元気になったな。元気になったよ。
399円で 元気をくれた 彼女に ありがとうと思った。
失くしものみつかった。
あれはGWのあたりだったかな。少し気温の高い休みの日。
2階の母のスペースを大掃除。窓ガラスも磨いて 二階窓から落ちないように拭いて 網戸は下へ持っていき水と洗剤できれに洗って。ぴかぴかにしながら 何度もブレスレットが手首から外れた。
その日のバッグは駕籠で、ブレスレットを入れたら バスケットの網目から落ちてしまうと思ったから。外れてはつけ 外れてはつけを繰り返しながら掃除をしていた。
掃除も終わり、ラッキーとホーマックに寄り、土の入った袋を腕に抱えて運んだり家路に着いた。
夕食が終わり、ふと左手首をみると いつも シャラッ光っているブレスレットがない。
家じゅう探した。ラッキーとホーマックにも電話して落とし物としてもしも届けがあったら連絡いただきたいと電話番号も伝えた。
なくしちゃった。
好きだったな あのブレスレット。 自分の持っていた指輪やなにかをかき集めて ダイヤと金で作ったんだよな。色々と工夫して 作り手と一緒に 作ったブレスレット。
悪いことをしたな。何度も何度も 手首からするりと落ちて 私にメッセージを送ってくれていたのに。そのメッセージに耳を傾けることなく し続けたから こういうことになっちゃったんだな。 誰かまたかわいがってもらえる人のところへ行ければいいな。かわいそうなことをした。…と、自分を責めて アスファルトの上で転がっているかもしれないブレスレットに謝る自分がいた。
それでも 毎日毎日 色々なことがある中で ブレスレットのことは記憶に遠のいていた。
そうしたら ある日、自宅のバスルームの前に チベットカーペットを アクセントのように敷いている そのカーペットの縁の裏側に キラリと光るものが。
帰って来てくれた 返ってきてきてくれた ブレスレット。
もう 死ぬまで離さないよ ずっと 大切にするからね と 私にとっては世界で一番大切なブレスレットとなった日だった。
カルチェ ティファニー ハイエンドのジュエリーか または アクセサリー ZARAなどで売っているものかの どちらかの二極化の時代だと人は言う。
二極化は つまらないな‥‥‥ と 思う。
時間をかけて工夫をして 作ったブレスレットだから かわいかった。そして戻って来てくれた その健気な存在が 愛しい。
ブレスレットくらいでこんなに執着するのはよくない。と 人は言うかもしれないが
大切な人を失う苦しみに比べたら どんな喪失も比にはならないが 人も ものも 大切に出来る人間になりたいと 今回の この一連の出来事から 想像することができた。
楽ちんに生きたいなぁ
最近、昔に交流のあった人との再会やまた、連絡が重なることが多くなった。
そしてまた、新しい出会いもあったりとした中で、ああ 大人になっても 純粋な心を持ち続けられている人は いいな 本当に いいものだな と 前よりも感じ入るようになった。
肩肘張っていたり 自分のことばかり考えていた頃の自分は そういう人たちの善さに気が付かなかったのだろうか‥‥‥ そういう方たちが私との接点のなさに通り過ぎて行っていただけなのか‥‥‥。
ものの見方が真っすぐな人だったり さっくりといい風を残してゆく人たちの 良さが身体のなかに伝わってくるのだ。
若菜ずし
なかなか暖かくならないGWでしたね。
それはそれで 突風 強風の中 お墓参り、その帰り道にウポポイ。
そして
育てている山椒の葉 木の芽を山椒の葉が大好きなイモムシさんちゃんに食べられる前に 使ってしまいたいと 摘むだけ摘んで
若菜寿し なるものを 作りました。
一つは 母のところへ持って行き。 味のOKサインが出たら ご近所へと
そんなことを出来るのもGWの時間のおかげでした。
GWのお知らせ
明日4月29日より5月6日まで GWのお休みをちょうだいします。
5月7日より通常OPENしています。
みなさま 少し暖かな GWを過ごせるとよいですね🌸
先日、京都よりトンプソンも仲良くさせてもらっている 私の友人が
お嬢さんの学会とやらで なぜか 同行して 札幌に来てくれました。
土曜日勤労ののちに 若く 美しく また 聡明な女性と 一緒にお酒と美味しい食事は
トンプソンだけではなく わたしも 幸せになりました。 Yさん 立派に育てたなぁと 結婚式も出席させていただいた私としては うるると‥‥‥
あの 小さな姉妹の二番目のお子さんとも お酒を酌み交わせる年になったとは
トンプソンの誕生日も祝いながら 感慨深いものがありました。
Maintenance
目 歯 肌 毛髪 すべてーーーーーが、身体の細胞と共に年を重ねていっている体感が強まるのが50代だと思う。
みためが云々の話しではない。 体感 機能として神経、精神に影響を与えるように劣化 老化が信号を送ってくるのがハッキリと解る。
たとえば こんな感じ。 トランプの愚行をネットで、夜ベッドの中で読んだものなら。翌日、義理の妹のところでのマッサージで、どーしたんですか!?額の皮膚がすっごい下がってしまって、しかも眉間にこんな八の字の皺が? なにがあったんですか???
と 顔のマッサージは ほとんど 額にアイロンをかけるような時間に。
目を 変なものに使うと こうなってしまう。という 一例。
それからは 一切、寝室にスマホを持ち込まないように努力している。 そうすることで 確かに眠りの質はあがった。
白いボツボツとした塊も、彼女は見逃さない。油の多い食事が続いたのかな? それか 春の乾燥で 水分の足りてない肌から 必死に脂を出そうとして、この白いボツボツが出てきているのかも。 皮膚科でレーザーか 針でもあるし。あとは 朝晩必ず 洗顔 泡石鹸でして、水分で保湿して 軽いクリームで蓋。がいいかな。
歯も いまは 大きな工事をしているために 必ず 2か月に一回はクリーニングが強制的に。 このクリーニングは ずっとして続けていた方がいいものの一つだと 取り入れるのが遅すぎたくらいだと 後悔したが それでも 残り時間数十年 デンタルクリーニングは 2か月くらいのメンテに取り入れたいと決めている。
予防にもつながるし 何か変化があったらすぐに衛生士さんはキャッチする。癌になることだって十分にあり得るのだ。
さあ 目。 この目。 すべて変えちまいたい。と思うほどだけれど
まず 歯がひと段落したら、目の先生のいい情報も 今日 Y子さんから聞いたから
行くぞ。と決めている。
そのうち 耳という話にもなるのだろうか。
ああ 人間稼業やっているのって 本当に こんなに 大変だとは思わずにいた20代
30代のころの自分に 警告したい。
予防しておいた方がいいよ。と。
熊 出現
19日の午前(真夜中)に熊がうちの近所に出没したのだとか。
それは当然で。なんといったって 住んでいるところは 熊の住処を背中に背負っているような地形なのだから 熊には庭に出る時も十分に気をつけながらいる。
でも 面白い現象があって。
我家に飼っている猫が ちょうど 19日の明け方5時くらいに、これまで耳にしたことのない鳴き声を発した。
わたしはまだベッドの中にいたのだけれど、夫が起きていたので
起床し、なにがあったのか尋ねた。
Weasel イタチが山から 走って降りてきたのさ。 黄色い大きいやつでね。なかなか存在感があった。それをみて ティコ(猫)が、驚いてしまって あんな声を発して いまでもびくびくしているよ 臆病だなぁ。と笑っている。
そうかぁ イタチは 見た目の顔の小ささとは反して獰猛で、猫やウサギなどを捕食すると聞いたことがある。
動物の勘。窓から見た限りの相手でも自分の身に危険が及ぶ相手は、よく理解するのだろう。
イタチくらいであんなに恐怖に慄いた声を発するなら、一体全体熊をみたらどんなことになってしまうのだろうか。
普段はずっと一人(一匹)で、わたしたちの帰りを待っている猫が不憫に思えた。
共感
10日ほど一人での生活にすっかり慣れた頃に、同居人はいつも帰ってくる。無事で帰ってきてくれないと困るのだけれど、自分が勝手に使える過ごせる時間というのは、誰かと暮らしている人なら、大変貴重なものではないか?と思うのです。
さて、そんな貴重な最後の定休日の一日目。ネフレックスで出来る限り感動の一作を観たい。と 「九条の大罪」というタイトルのものを、仕事が終わり休みの始まる夜から視始める。
おお なかなか良いではないか。と翌日の朝も早起きしてテレビの前に。
10エピソード終わってしまった。 おそらく まだ続きはあるのだろうけど、スッキリとしない終わり方に 時計を見る。まだ午前11時前。なにか いいものはないか? と ポチポチと押しながら 「初恋 First Love」とかいうタイトルを通り過ぎ、自分好みの「地面師」とか反社会 自分の知らない世界 裏社会物を探し続けるが、どれもピンとこない。
「初恋」の出演者の名前をみると、力の入り具合はわかった。でも、恋愛もの視たってなぁ と思いながら ポチㇼと 「初恋」を押す。
札幌の街が映る。あら‥‥‥ と、まず第一段階、突破。わたしの好きな八木莉可子ちゃんが出てる。第二段階定着。どんどんと制服を着た高校生の世界に惹きこまれてゆく58歳がテレビの前にいた。
私にもあったのだろうか あんな時が。
雪の降りしきるただの田舎道が、置かれた人物次第であんなロマンティックな舞台になりえるものなの? と 自分の知らなかった世界に、そして これからも知ることのないであろう取り戻せない時間に ただただ口を開け、いいなぁ とうっとりと魅入る。
物語は終わった。
物語にしなければならないから、笑ってしまうような設定もありはしたけれど。
58歳の心に響いた場面が二つあった。
一つは、高校時代から事故にあう大学2年生くらいまでの記憶を失った主人公が、初恋である恋人の存在も忘れてしまい、お互いに分かれ道が強いられた状況のなかで、主治医である人と結婚に至った。
結婚した相手は、小樽あたりにある開業医の息子という設定である。
北海道にも御大家の自負を持っている家庭は どこぞかしこにも点在しているのは知っているが‥‥‥ その病院の40周年記念パーティをするのに 主人公 やえの母親は出席しなくてもよいというようなことを婉曲に、義理の母親から伝えられる。
理由は そのパーティの場にそぐわないから。ということだ。
わたしは この 義理の母親の気持ちも理解できる。 正直 パーティ 何かの会というのは メンバーのバランス お招きする重要な相手にバランスをあわせてゆく。そこに 合わない人を招くのは 双方に対して 大変失礼なこととなるのは十分に理解できる話だ。
その言葉に主人公は当然、傷つく。その時に 夫の顔をみる。夫は、母親に怒るわけでもなく。中庸といえば聞こえはいいが、妻の味方をすることは一切しなかった。
その夫の本音、本性をみつめたヤエは、そこで 腹を括った。おそらく離婚することを決めた瞬間だった。
「いい大学を出て、キャリアを築く。そのために子供の頃から必死に勉強しました。
母のようになりたくなかったから。 母は無学な労働者です。
中略 一本2500円のトマトジュースの味も当然、知りません。
なぜ?
25年間 1日12時間、時には朝方まで町の工場で働いて私を一人で育てたから。裕福ではなかったけれど、時には隣町のモールで私に服を買ってくれました。
中略
…‥‥そんな母が、どうして他人から蔑まれなければならないんですか? 母のことを悪く言うのは許せません!」と 泣く姿も 心が痛いほど 心が 泣き叫ぶほど 共感できた。
第三者の 冷めた目からは それぞれの立場を理解すると誰も悪くない。 その中であえて 悪いのは? と聞かれたら‥‥‥ 妻の味方にもなれない 守るフリすら出来ない夫だと感じた。
主人公は当然離婚を決意する。それしかないと私も思う。
あと もうひとつは 同僚の占部おうたろう君が主人公に気持ちを伝えても受け入れてもらえなかった時のセリフもよかった。
「やっぱり僕は運命ってあると思う。‥‥‥中略‥・ 運命なんて言ったら大袈裟だと思うかもしれないけれど」の言葉で始まる あのシーン。
たとえフラれた相手でも、自分の人生を変えてくれるような存在の相手に出会えただけ自分は幸せだ。という内容だったと思う。
その通りだなと思う。
全ての恋が実るわけではない。でも 自分が好きになった相手が 自分の生き方を変えてくれた。そんな出会いが出来た人は幸せだと思う。
あのドラマは 要所要所で 共感できる場面が散りばめられているから あれだけ多くの人に観られているのかな。
準一級、また中学生が合格されました。
勉強はしておいたほうがいい。 恋も人を成長させると思うが そこに勉強も加わったらますます いい出会いがあるんだろうな と 子供たちをみながら いいなぁ 青春。
Professional
先日、車のラジオから歌声が流れてきた。
どう聴いていても、プロの歌声とは思えなかったので、ちょうど日曜日の午後だったから、「のど自慢」かなにかと思って、聴いていた。
音程があちこちにおちているのに、いつまで経っても、鐘の音が鳴らない。
えええ? この歌声の人が上手いとされるのか? わたしの音感ってそんなにも世間のそれとはずれているの? と どうしても結果が気になって気になって
下手だと思う、その人の歌声をずううううっと終わりまで聴き続けていた。
ああやっと終わった。これでどういうことなのか判明できる。と MCの声を待った。
「どうもありがとうございました!歌手の ********さんの*********でした!」
えええええ@@ と プロの歌声だったのぉおおお? と ますます自分の耳が信用できない始末に車の中で追い込まれていた。
その歌声の主は、1970年代に一世を風靡した二人組アイドルの一人だった。
どこを向いても、彼女たちのポスターが貼られていて世の中は彼女たちの歌声がどこに行っても鳴り響いていた。
果たして、彼女は あの当時から これくらい歌がヘタだったのか? そうだとしたら キャーキャーと奇声をあげていたわたしたちって まるで喜劇じゃないか。
いや 彼女は プロであることを怠ってきただけだと 願いたい。
あのときの 彼女は もっとうまかった プロであったと 願いたい。
A desire for fancy things.
身の丈に合わぬとは承知しながらも。欲しいなぁ 一度でいいから身に着けてみたいなぁと夢見るものたちは。ああ エルメスのヴィクトリア ああ アズディン・アライアの思想をもったたあの服たち。
いまの自分がうっとりと 立ち止まり見入ってしまうのはどうしたって それらの立ち止まらせる引力を持ったものであることに、嘘をつく必要はない。
そこに嘘をついてどうする?と 思う。
けど、その欲 欲求 希望に身を任せてしまっては 必ずや 収支決済が合わずに 負債が膨れ上がり 破産の道しかないわけであるからして。
そこからが 夢のみどころなのだと わたしは ノートブックに 色々と描いたり 貼ったり あ~~~だ こ~~~だ と ちょっと昔かじった 絵の道をとりいれ 発散することで凌いでいる。
すると、自分に限られただけかもしれない、ある法則が割り出されたのだ。
ハイエンド(高級ライン)のパンツには ステラプレイスあたりで売っている若者たちが着る。サラリとした 七分袖のT素材シャツくらいが丁度よい。それに 張り切ったものを合わせると それはそれで ありかもしれないけれど そうじゃなくても 十分なことがわかってくる。
靴下は 2000円台~3000円台くらいのものが 長持ちもし 大体のものを支えてくれる。
ヴィクトリアのバッグをいつか持ってみたいのなら なにを削るか どんな スタイルがそれを一番 光らせるのか。 そう考えると ワクワクし始める。
そこに軸を置いてみると 他のものへの物欲が ほとんど 無用のものとなり いらなくなってくるのだ。 ビクトリアのバッグに 一番必要としているものは モノを大切にする姿勢ということが 自ずと分かってくる。 いま持っているバッグたちをクリームで大切に磨き上げ油分を補給し、そして、ものを扱う時の指先をもっと、優雅にする日常を持たないと、ビクトリアが泣く。と思う結果となる。
ノートに貼られた一枚の写真に、フランス・マダムの着こなしがあった。
小柄な人そうだ。 薄いサングラスをかけている。
上は オレンジ色 濃いグレー等の配色が独特な薄いニットを着ている。 シャネルのクーペニット。
下の白いコットンパンツはカジュアルなものだけどヴィンテージらしい。そして 靴は ショッキングピンクのスポーツスニーカーと意表を突く。
数年前のものだったけれど
わたし この人の着こなし なぜか 好きだなと今回も思った。
好きで買った トップス
好きで買った ボトムス
好きで買った シューズ
そこには 全ての彼女の好きな気持ちがあるから それぞれ 組み合わせに難しいような配色のものでも上手くまとまっている。
とりあえずのものが 彼女のトータルの何処かにあってしまったら、このバランスはなかったのだろうな と その一枚は 私に教えてくれる。
とりあえずのものは 買わないようにしようと気を引き締め。 絵を描きながら、とりあえずに手を出しそうな自分を必死で制御している。











