徒然日記:A.M.T
ドラゴンボール
7月は 不思議な月だった。
以前通ってくれた生徒さんの繋がりで、また 英語をスタートされる方がいらしたり。
そんなことが二件ほど続いたと思ったら
今度は、「****さんから紹介を受けて電話しました!」と 勢いのある男性の声が。
そうそう、男性が多くThompson Internationalに問い合わせ、やってくる月だった。
電話口の勢いのある話し方通り、奥様とおみえになったその男性は「ぼくたち! カナダに行く予定なんです!」
「ご旅行かなにかで?」
「いや!っちがうんっすよ 暮らす予定です。あっちで仕事をみつけて、オレ いや あの僕の仕事は****(名称を聞いたが失念してしまった)を取り付ける仕事で、技術職なんっす。その仕事はカナダのアルバータ州、エドモントあたりで 必要とされている筈なんっす。あのあたりは石油が主な産業ですから」
「おおお あちらで仕事に就いてという目的なんですね。なにか英語はこういうようなところでずっとしていらしたとかですか」と 私は尋ねる。
「いや ゼロです。 中卒で英語はまったくわからないっす。決してなめているわけじゃないんですよ。でも 俺たち あちらに行って 絶対に オレの技術が カナダの求めているものだと思うんです。で、ゆくゆくは カナダで会社をつくって 日本との懸け橋になりたいんっす」
「おおおお 」と お がもうひとつ ついてしまうほど 私は彼の勢いに圧倒され、これくらいの 前のめりさ これくらいの 勢いが 英語の力の十分にある Thompson Internationalの 生徒さんたちの多くが持っていたら、すっごい アドバンテージになるだろうなぁ。いや その前に 考慮すべきは己ではないか?と自分を省みる。 もっと積極性をもって 外に出たいと思いながらも ずうううううっと ここで 這いつくばり、外に出るより、まず内側から。と 内ばっかり見続けいている自分の肩を揺すぶられた気持ちになり、彼の話に聞き入る。
色々とお話をうかがい、「承知しました! まず 一年間はがんばってみましょう。
それには 正直いって いま I am の段階を ひとつひとつ あげてゆき 英語 言葉の構造。 基本は 相手が言っていることを理解できるまでは まず それを目標にいきましょう」
どうすればいいか、どのようなことがまず必要かとネイティブ講師とも話し合い、私も文法の理解をお伝えするのにチームに加わった。
意気揚々と彼はレッスンに数回やってきた。
しかし、レッスンの後、勉強のあとにげっそりと眼が窪んでしまっている表情をみると、ああ きっと この人は 勉強をする という行為が苦手なのかもしれないな。と、ふと‥‥‥ しかし ある程度 頭から理解をしていかないと 言葉にも限界があってしまうのが現実。どうすればいいかな と 自分の夢に出てくるまで 考えあぐねていると、
「先生!」と 火の玉が よっしゃー!!と 鬼の首をとったような様子で スクールにやってきた。
「どしたんですか!」と わたしも 彼の 秒速で動いてゆくような 思考 行動力に 段々と慣れてきて もう 勢いで返すようになっていた。
「このチャットGPTの精度をあげてきました! 俺たち これで カナダにまず行って 仕事探してきます! こっちで 履歴書送った 返事をずっと待ってたって仕方ないし。もう この時代は チャッピーを使いこなして なんぼのもんです。来月カナダに行くことにしました!」
彼は ドラゴンボールのように 奥様と カナダに飛び立ったはずだ。
チャットGPTを使いながらの従業員を、カナダの企業は雇ってくれるのだろうか。
どうなったのだろうか。 今度 メイルを送ってみようと思う。
わたしは カーリングの関係で
カナダのエドモントンの人たちと 一度食事会をご一緒したことがあるが
カナダのテキサスと言われるような なかなか ラフな粗っぽい人の多い街エドモントン。丁々発止と活力ある会話を好む彼らが、チャットGPTが翻訳してくれるまで ゆっくりと 待ってくれるとは 現時点では、想像し難い。
上原ひろみさんの英語
世界で活躍する上原ひろみさんのピアノも好きですが それと同じくらい 彼女の英語の話し方が好きです。
彼女の人柄がよく出ている話し方。無理せず、人の話をよく聞き。ネイティブになろうとせず 分かりやすいです。
あの話し方を われわれ 日本人は目指すところなのではないかな。というようなお手本に私個人は感じている。
France
憧れの地、フランス パリは遠い。
四十年前に貧乏学生旅行で3日ほど滞在したのが、最初で最後。
憧れても 恋焦がれても 思いの届かぬ相手のように、フランス、パリとは縁がない。
そんなに行きたいのなら行けばいいでしょ。と言われても 本当に縁がないのは、それは 旅を一緒にしてくれる相手(夫)が フランスよりたくさん行きたい国があるから。
スリランカまで旅を出来たのは ありがたい経験にはなったが、どこかで ああ このお金と時間で パリにいたなら‥‥‥とどこかで思っているのだ。
先週の土曜日 曇り空に切れ目が入り、太陽がみえたなと思った瞬間に
「あっちゃ~~~~ん!」と 快晴の空に良く似合う透き通った声が響きわたる。
中学生に教えていた私は、 「申し訳ない! Aちゃん 長くするから ちょっと 5分だけ 自習していて!」と 扉で Ms.Y.Hを出迎える。
Ms.Y.Hが 衣服が入った袋をわたしに渡しながら「あっちゃん これ着てちょおだい。
このスカート! みて! これみて もンのすごおおおく素材がいいのと これ いまではお目にかかれない フランス製よ なかにガードルがついているスカート。これをするとお尻がキュッとあがって、んもぉぉ いいのよ!」と 袋から白いコットンストレートタイトのスカートと ヒップではくタイプのパンツを出す。
「おフランス! わたしの憧れの! すてき すてきですけど こんな高価なもの Yさん これ お嬢さんが着れるんじゃないんですか?」と さすがに フランス製というとビビるわたし。
「うちの娘たち 背が大きいのよ。わたしのサイズにピッタリあうのは あっちゃんだと思って持ってきたのよ。まああだまだあんのよ。こんど持ってくるわ」「ありがとうございます。大切に着させていただきます。っかし‥‥‥ さすが フランスの女性の オンナ力には執念すら感じますね。スカートの中にガードル内蔵ですか。そこまでするか という かなわないっですね‥‥‥」 と、敵うも何も 土台 遺伝のレベルからして違う大和民族の体型に、平面裁断ののっぺりした服を着て、老眼鏡を額の上にかけて 右手にホワイトボードのペンを持ちながら うなだれる段階のレベルではない 自分の様子に、なんか悲しくなりながらも 僅かな希望を抱き 袋に手を差し出す。
外にシルバーの車が停まっている。 「あれ?真っ赤のベンツじゃないんですね 今日は」 ラルフローレンのネイビーカラーのマークがついたリネンいりコットンシャツにジーンズを合わせた、その七十代後半の 魅力的な女性は 「ああ あれ ボーイフレンドの車よ♪」と そのスタイルに似合う ウォーキングで 颯爽と車に乗って 去っていった。
フランスは遠い。パリも永遠に憧れの街のまま 私の人生からは遠ざかってゆく。
しかし どうして こうも フランス パリに 関りを持てる女性たちは 女度が濃いのだろうか。 私の知っている おそるべし 七十代 というよう女性たちは 偶然なのか 大体 フランスに何等かの関りを持っている。
わたしは 行きたくても行くことが叶わぬ街パリへ、そして そのエッセンスを札幌でも具現化している彼女たちの後ろ姿を、こうやって見送りながら憧憬を抱き続けている。
夏トマト
夏トマト スクールおむかえのT邸からたくさんいただき、そして この季節になるとMy農園でたくさん採れる野菜を 安い値段でわけてくれるHやしさんのトマトで 大量のトマトソースを作ってゆきます。
ジップロックのSサイズで 夫婦ふたり分はちょうどよく。小分けして
冷凍庫へ。
12個セット分はできたかな。 このトマトソースで 秋、冬の間 ミートソースを作ったり ことこと煮物をつくったり 料理は出来上がってゆきます。
十日に一回くらいは パスタ ラザニア ハンガリアングーラッシュなどの煮込み料理を冬の間はしてゆくわけだから やく4か月もつのか・・・・・・
もう少し欲しいな そして もう少し保存できる冷凍庫が欲しいなと、思ってしまう。
冷凍庫独立型で買うと 場所はどこへ? それなら 冷凍庫の容量がもっと大きな冷蔵庫併用のがいいのか? と そんなことを考えている時が、けっこう楽しいです。
親戚
8月18日より無事にThomposn Internatinal 秋にむけてスタートしています。
よいお休み、お盆をみなさまお過ごしになりましたか。
わたしはお陰様で、よいお休みをいただくことが出来ました。
よい休日というのは、どんな過ごし方であれ、自分を見直せることが出来るのであれば、それは良い休みだった。と、思えたことがありました。
親戚の集まりがありました。
百歳で亡くなった叔母の納骨の為に、縁ある人々が旭川の墓地に集まりました。
久しぶりに会う親戚たち、初めてお目にかかるような方々がいました。
そのあと、旭川でひとつ用事のあった私たち親子は、旭川のある宿に部屋をとっていました。そこのロビーラウンジで親睦会しましょうや。と 少し集い、そのあと別れました。
その中に、三十年ぶりくらいに会ったKよたかさんという、実際には母のいとこ。でも私より十四歳上なだけの親戚の人がいました。
七十三歳。男。独身(若い頃にお見合いで結婚したが一年もたつかたたないかで離婚)。
親の代からの開業医であった。が 本人の心臓発作で闘病療養中に、それぞれ医師として独立しているお姉さまたちと事務長の判断で病院は閉じることとなる。
退院してみたら 病院は閉められていたと笑い話にはしているが、軽くショックだったのか、そのあとうつ病にかかる。あの口から生まれた人が?と驚かれるほど、無口になったKよたかさんは、それから一人ひっそりと暮らしていたはずが、三年ほど前にそのうつ病から復活したと噂では聞いていた。もとのしゃべくりマンのKよたかさんに戻っていた。
これまでの長い沈黙の日々を取り返すかのように 喋る人に戻っていた。
元のKよたかさんにもどったんだ。と わたしは 嬉しかった。
しかし 風貌が あの放浪の人、山下清みたいだから大体の人は一線を置く。
その山下清が、ホテルのラウンジでの会合のち、また夕飯でも一緒に食べようや‥‥‥と誘いに来たらしい。あろうことかその日は、唯一連絡のわかる母が、札幌に電話を忘れてきていた。だから直接ホテルまでやってきた。
ホテルの方針とはいえ、フロントに部屋へ自分が来ていることをどうにか取り次いでほしいと頼んでも、プライバシー保護のために、お取次ぎは出来ません。の一点張りだったらしい。
普通なら、少々お待ちください。いま そのようなお客様がご宿泊かお調べいたします‥‥‥ とこっそりと部屋に連絡し、どうしますか? くらい聞くのではないか?と私は想像してしまい。やはり この身なりでは 多くの人に不信感を買われて当然かもしれない。と、前にスクールで子供たちを教えているときに、放浪の人。kよたかさんが ふらりふらりと母を訪ねてきたことがある。
この辺の、お洒落な身なりの親やおじいちゃんおばあちゃんくらいしか知らないような子供たちは
「あの人! なに?あれ??? なに?」 と なにあれ扱いであった。
どうしようもなく薄情で見栄っ張りなわたしは 親戚ともいえず
「さあ‥‥‥」と しらを切った。
浮浪者とはいわないが あれでは 人に警戒心を与えて当然ではないかという身なりなのは確かであった。
この人が 昔は かつて あの眞子さんと世間を騒がせた眞子さんの夫、小室圭さんが行かれた 国際基督大学の学生であった時の青年の頃を私は思い出す。
面白いお兄ちゃんで、休みの度に帰省しては なぜか 年下のわたしたちのところに遊びに来て 色々と遊んでくれる人だった。休暇に年下のわたしたち兄弟と少し年上のいとこたちと一緒になって遊んでくれるってことは単にモテない大学生だったのかもしれないが、それでも 遊んでもらえる私たちは楽しかった。いい思い出だ。
将来はジャーナリストになりたいと言っていた。俺はラガーマンだ。が、口癖だった。
小学生のわたしはラガーマンの意味がわからずウルトラマンのようなものになれて喜んでいるのかこの人は変な人だ。と、とりあえず笑っていた。
しかし 彼は、三人の姉妹がいてたった一人の跡継ぎ息子だった。開業医は跡継ぎにならなければならない風潮がその時代、より色濃くあった。
あの昭和、戦後すぐに生まれたkよたかちゃんのお姉さまたちは なんと北大医学部、東京女子医大現役合格という優れた人たちであったというのに、女というだけで跡継ぐことはないと、それぞれが結婚をし女医として家庭を作った。
Kよたか青年は悩んだ。俺が継がなければ 姉たちに迷惑がかかる。と、それで kよたか青年は ジャーナリストの道を諦め、岐阜の医大に行った。医師免許をとり おじさんの病院を親と二人でしていた。
そのうち、親たちは Kよたかちゃんの奥さんになる人は女医さんでないとだめだ。と言い始めた。
これも 親の意見に従った。が、よく事情はわからないが、一年経つか経たないかくらいで 引っ越しのトラックが来て大量の家具を引き上げてその女医さんは、札幌へと帰って行ったらしい。
旭川から戻り 数日後、kよたかちゃんが 札幌で家庭を持っている末の妹家族の家に突撃しようと電話をしたら、「お兄ちゃん ごめんねぇ その日は孫が来るのよ」と やさしく断られ、仕方なく「いっちゃん いるかぁ?」と母のところに電話が来た。
「Kよちゃん 盆と正月に暇なのは お妾さんと未亡人かこんな年寄りくらいだわよ。あ。 未亡人と言えば ちょうど敦子も だんながカナダに行っていないから あつこんところで 昼ご飯でも食べよう」と勝手に約束を取り交わし、わたしに そういうことになったからと連絡がくる。
「ちょっとぉ 困るわよ わたしだって予定ってもんがあるしさ いまあることやっててそれに忙しいのよ‥‥‥」とブツブツ言いながらも なんか 昔 色々 面倒見てくれたkよたかちゃんのことを思いながら 冷蔵庫のなかを見渡す
卵がある。ああ これで 心臓卵焼きくらいなら作れるか。 キャベツときゅうりの糠漬けがある。これを切って、少し味の素をかけて醤油をかけたらいける。 あ あとはキュウリもみがあるな。これにゴマをかければ 美味いかな。
味噌汁は 煮干しから出汁をとって 豆腐で作ってやるか。これに おにぎりがあれば
立派な昼ご飯だ。 ビールは買ってきてもらおう ワインは冷えている。
杖をついた二人がやってきた。
「おおお なかなか いい家ではないか。なかなかのもんだよ これはなかなか。
‥‥‥俺はオマエはもっと貧しい暮らしをしているかと思っとったよ」と勝手なことをいいながら杖を家の中にも持ち込む、「いやぁなんも、この人たちお金なんてないんだけど、趣味はいいらしくて それなりに暮らしているみたいなんですわぁ」と、なぜか母が対応している。 ずかずかと 当然のように 好き勝手なことを言いながら 杖を前に進めてゆく。雑巾で拭きたくても拭けない。
でも、わたし、この人のこと 好きなんだよなぁ。と思う。 なんでかなと思う。
風変りな人だ。 勝手なことを喋っているか、喋りながら静かになったかと思うと寝ているよな。 もう、常識的な人たちからは、なにこのひと?と思われる存在だと思う。
でも 昔を知っているから わたしは この人のことを警戒しないし 嫌いになれない。
三十年前、わたしが 結婚に悩み 踏み切れずに悩みつくしていたころ。 Kよたかちゃんは 私にこう言ってくれたのだ。
「だいじょうぶだ。なにかあったら 俺が面倒見てやる。なんとかなる。飛んでみなさい~~。飛んでみないと みえない世界もある」と あの ウィンクの似合わない顔に ウィンクして ハンフリーボガードをきどってみせたのだ。
やさしいKよちゃんは おじさんとおばさんの言うことをきいて医者になった。医療の世界より ジャーナリストやらになっていたら、この人の人生はまた違ったものになっていたのだろうか。
そして
どこかバランスの欠いたところはあるけど面白い。
自分より 年下のいとこたちと遊ぶことを厭わないそのバランスの欠いた面と合わせ隣の面倒見のいい親戚のお兄ちゃんが、多くのことに整った都会の女医さんとはそりゃあ、難しかっただろうな。
シミのついたポロシャツ 洗ってんのかな? と心配になる。 汗なのか よだれなのか 分からないけれど しゃべる口元が濡れている。
親戚って 悪いもんじゃないな
世話になったもんな‥‥‥ と 思える 昔の思い出のある相手はありがたいもんだな。と、あれだけ 親戚でもお付き合いする方は選びたいわ。などと、身の程知らずにも 気取っていた私の心に、小さな変化の起こった夏となった。
夏休み
明日から 夏休みが始まる。
正直いうと 嬉しいです。 今年は 身体が どういわけか 休みたい。
仕事に対しても 身体が休みたがっているなどと我儘なことを 申してしまうくらいですから、もちろん 社交の場は 今年は まず 出歩いていないです。 唯一 記憶に残っているのは スタッフ みなと ステーキを食べに行ったことくらい。
それくらい 家と仕事場の往復のみに徹してます。そんな毎日のなか、お隣のMさんから
お声がかかる。 「来月の7日に、すごく楽しい方がいらしゃるの。 ワイン業界では精力的にお仕事をされている方で、あつこさんも すごく 楽しいと思うの。Geoffさんと来て」と、天女のようなMさんに お声をかけられると もう 天にも昇るくらい嬉しい気持ちになる。あんな素敵な人が お隣というだけでお声をかけてくださる、この幸運に感謝を意思表示したいではないか。
「その日はトンプソンもカナダで不在ですし、わたしも体調すぐれませんのでいけませんの‥‥‥」 では あまりにも、失礼というものではないか。
「Mちこさん、ありがとうございます。お誘い感謝します。 ですが わたし その日は 朝に簡単ではあるのですが 麻酔うって治療しないといけないことが重なってしまい。 そうだ なにか一品差し入れします。そして そのゲストにご挨拶して すぐに 失礼するかと思うのですが。鍋をかかえて おじゃまします」
と約束した。
前夜 夜中とおして コトコトと pulled pork を煮込んだ。
翌日 仕事をおえ お隣に 鍋を抱えてお邪魔する。
うちのお隣とはいえ 竜宮城のような宮殿である。 そこに すばらしい テーブルセッティングと ワインの専門家の選んだ ラインナップに もう 立ち去れなくなってしまった。
楽しいお話、美味しすぎる シャンパン ワイン 楽しい会話。 その ゲストご夫妻のご主人のNさんのお話と ホストのMちこさんのご主人のお話が 面白すぎて ふと時計をみると 夜の11時10分をさしている。
楽しい時は さらり さらりと 過ぎてゆくんだよなぁ こーゆう風に そうだった。 すっかりと 忘れたように暮らしていたけれど。 ほんとうは わたし こういう時間好きなほうなのに なるべく 体力温存しようと 体調管理しようと 思って暮らしていたなぁ ここ数か月。
でも こういう風に 時も忘れて そこにいれるのは すぐ隣が自分の家 という気楽さも手伝って というような気もする。
この休みたい病というのは 楽したい という気持ちから来ているのだな きっと。
あと 2か月で いま治療中のものも 終わる。 終わったら もっと 足使って 気をつかって 元気に 動こう。
そうだ 昨日のNさんのお話の中で おもしろいのがあったなぁ。 知らない 世界の 知らない人たち 知らない はなし もっと もっと 聞けたら 楽しいだろうなと 思う。
体調悪い 休みたい
夏休みのお知らせ
今年は8月9日~17日まで 夏休みをいただきます。
今年は夏期講習は実施せずに、休みます。
秋から また 気を引き締めて ビシバシ! と きっと誰もそう思ってないのでしょうけど、本人の勇み足だけは その気合をもってまいりたいと思ってます。
みなさま^^いいお盆のおやすみになると よいですね。
LOUIS VUITTON ルィ ヴィトン
敷居が高すぎて 入ったことのなかった 丸井近くのルィ ヴィトン 路面店に行ってきました。
86歳になる母が 生徒さんでお洒落なAさんの スニーカーをみて一目ぼれをしたのが今回の、ルィヴィトンの重々しい扉。あのドアマンというか警備員のいるお店に入る勇気を与えてくれた。
買う気満々でなければ 買う気のない客など寄せ付けないわ。というあの高飛車な店構え。 いくら 図々しい私でも フラリ‥‥‥と その気もないのに ブラウジング 立ち寄ったことがないのだから、あれはあれで 成功しているブランディングなのだと思う。
だって わたし ルィヴィトン たぶん 買わないと思う。 Aさんには似合っても わたしには似合わない。わたしの持っている服の流れと合わない。自分のチマチマとでも、それなりの自負をもって積み上げてきたものたちを光らせることが出来ないもの、統一感から外れるものに大枚を叩くのは無駄。
それらの理由で LとVをもつあのサインからは 潔く遠のくことが出来ていた。
が、あのキラキラしたスニーカー 絶対欲しい~~~ 今度の日曜日 あんたが休みな時に連れてちょーだい。と 行く気満々の86歳。
「2EEの幅広に合う スニーカーがルィヴィトン 作ってるとは思えないよ。やめときなさい」と止めても「いや 大きいサイズを買えば あうかもしれない」と もう 買いたいと決めたら 子供である。理性が利かない。
一応、聞き分けのないように聞こえる母の身の立つように 言い訳をすると
彼女は 有閑マダムな身分ではなく、自分で働き 自分の年金を受け取ってはいる。 そして なんとかかんとか まだちっちゃこい会社の経営は任されている身の上であるからして 兄弟も わたしも 彼女の買い物に とやかく言う権利も 余計な心配をする必要もないのだけれど‥‥‥
わたしは 店員さんの口車におだてられ、いい気分にさせられて、ハイな気分で 似合わないものに意気揚々と 彼女がお金を ひらりひらりと払う姿が嫌いなのである。
それを知っているせいか、彼女に 「だめ それ 似合わない」と私が却下サインを述べると「スタイリストがああ言ってますんで‥‥‥」と しぶしぶ 大体は諦める。
その成果あって 手前味噌な発言かもしれないが 最近は 「奥さん お洒落ねぇ」とお世辞を言われることもあるらしい。
店員さん二人に囲まれ、キラキラスニーカリーナ を試し、椅子に腰かけ 普段は足など上げることもないくせに 足をあげて 「気分があがるわああ」と もう 有頂天な姿に、本当は 似合わないから やめなさい。と 普段は言うところだけれど、もう 老い先短い身の上、買いたいものを買う幸せを取り上げたら かわいそうか。
と、わたしは そこから離れ フロアのものを色々と みてまわった。
Tシャツにあのルィヴィトンのマークの切れ端がアップリケ?縫い付けられ それに なぜか シルバーのチェーンがついている。Tシャツにシルバーのチェーン‥‥ なぜ?と思っているところに 若い といっても 30代くらいの 男の人が二人連れでらせん階段を上って来る。
人というのは2秒くらいで 大体の 憶測 偏見を込めた 眼で 印象を相手に持つというのは確かなようで、その二人の男性の ルィヴィトンのあのマークのついたキャップをみる そして段々と下に下がりこの展示されている系統のTシャツをみる。 さらに下の ショートパンツはとばし おそらく ルィヴィトンのスニーカーをみる。
そのなかの なにか身体を使う仕事に従事してそうな体格から
勝手に 稚内あたりの沿岸漁業 ←(遠洋漁業の人は 遠出で 札幌なんかに夏場は忙しく来る暇がないだろうと決めつける) の従事者。ススキノのキャバクラに行くのを兼ねて ここで 衣装を調達するのも忘れない そんな休みの過ごし方。あたり、だろか。と瞬間的ではありながらも、かなり独断に満ちた ジャッジを人←あんた(汗)は脳裏の奥でする。
担当の女性店員さんは 「オレンジジュースとアップルジュースどちらがいいですか?」と 尋ねている。
わたしたちは ただの水だった。リピーターとの差をつけらている。
「あ じゃあ アップル」と、こたえる 一人を 品物をみながらだけれど 品定めする 趣味の悪いわたし。
この男(ひと) ルィヴィトンの服 着ない方がよっぽどカッコいいのになぁと わたしは思う。 仮に漁師さんだとしよう。 詐欺めいたことをして金回りをよくしている輩たちにしては、 筋肉のひとつひとつがなにかの労働に従事してついている足だ。
その鍛え抜かれた体には、もっと 飾りのない あえて スピードのマークがついているくらいのTシャツを着てさ。その下に その 短パンでもいいよ。そんでさ、LVのマークのついている靴じゃなくてさ いまの季節なら あの品のないクロックのサンダルじゃないタイプの ビーチサンダルは普段に。 今回のような街中では 普通の2万円くらいまでのスニーカーといった いでたちの方が この人のもっているものも 人の好さそうな 笑顔も 光るのに。
言っては悪いが LVの服の中にいると 本当は 厳しい仕事でもまれて 人生経験も積んでいて 机の上ではともかくも 実務では賢い人なはずなのに、バカにみえる。
いや バカだと思われるために着ているとしか思えない。 その 銀の鎖のついたTシャツ着るな。と 言いたい。 やめろ その帽子もまるで まるで ああ その一言だけは書かせないで。と 思うような代物に一体、いくらを君は払っているんだ? と 思わず値段をみたくなる。
86歳なら もう いい 何を買っても 何をどうしたって 勝手にしろの世界だが
君たちは まだ 女にモテたいんでしょ。それなら そんなものに 大切な労働の対価を支払ってはいけない。
大体、ルィヴィトンくらいになったら 大きなマーケティングミーティングがもたれて
世界各国レベルで統計をとり、中国マーケット(アジアンマーケット) ヨーロピアンマーケットと 会議で色々な意見が取り交わされ、デザイナーのプライドを尊重しながらかつ、マーケティングでの協議にかけられる。
その際に、きっと この わけのわからない帽子。手錠のような銀の鎖のついたTシャツは どんな層に入れられているのか? と考えただけでも 気分がしぼむ。
実際に そのフロアでみかけたアイテムの多くは
怪しげな生業で稼いでいても 金回りのいいヒトたち向け という くくりの為につくられたものが多すぎたように思う。
もちろん 数点 すごい素敵と思うものもあったが。
そんなものを着て 行きつけになりたくてもなれないススキノのキャバクラナンバーワンの女の子に一目おかれることを夢見るより、地元のスナックマリンの普段お世話になっている女の子に、これ この間 札幌行ってきたんだ。と ボソッっと 「いっつも 安いあいそで世話になっているから これ土産‥‥‥」
そっと‥‥‥カウンターに あの モノグラムマークではなく マークのサラリと LVとついた 赤い財布を 自分の為ではなく だれかの為に置いてこれるような男に、大体の女も男も惚れる。
また もっと 本音をいうと 売上伸ばそうと、舌先三寸でお似合いです。素敵。と 褒めまくるあの店員さんも 絶対に そーゆー男に 一目置いていると わたしは睨んでいる。
烏 カラスたちよ
カラスは苦手です。 怖いです。 公園も行くのを躊躇します。 歩くときもカラスがいたら道をかえます。それくらい嫌いです。
本日午後4時過ぎ さきほど、カラスの大群の鳴き声が スクールのあたり四方八方に鳴り響きました。 鳴き止むことなく 大きく大きく だんだんとなってゆきます。パニックに近い声音です。数百羽レベルで います。
カラスが怖いから 外に行って確かめたくとも 腰がひけて スクールの入り口から首を出して観察につとめます。
なにやら 一羽が 一羽にかぶさっています。 おお! これは 戦いか? カラスでも縄張争いがあるのか? しっかりと確かめたい。 そうするには カラスには近づくことの出来ないビビりの私は、二階の母の部屋に行き確認するしかない。
二階に駆け上がると、母の愛猫 チビがキャットタワーに登り 背中を丸め 尻尾をたらし 左右に小さく揺らしながら カラスたちの 大群 電線にとまる 多くのカラス 空中を舞うカラス 電線から道路めがけて 飛んで行くカラス たちを 眼で追っています。キャットタワーではなくテレビの前のカウチで 母も 似たような背中で こちらはカラスではなく テレビの画面を追っています。
わたしは 母に 「ちょっと! カラス あの二羽 ケンカしているのよ。 それで 他のカラスたちが ギャラリーの様に カーカー と騒ぎ立てて。 ひっどいね。 かわいそうに あの弱っているカラス。 カラスのくせに 縄張り争いするだなんて もう カラスって ほんとうにいいとこのない生き物だわ 弱って死んでしまいそうな同胞をいったいどうしようっていうのかしら!」と 嫌いな分 苦々しく 母親に実況中継。
それに対し
「あんた 野生の争いは とどめを刺すまで やめないのが 掟よ。 あのトランプのように とどめを刺すまで 無様でも やるほうも必死なのよ」と テレビをみながら 別にその光景に目をやるほど興味もないといった調子で返す。
そのうち 通りがかりの人も立ち止まり 隣のFさんのお宅の奥さんとお嬢さんも出てきて カラスが怖いということもないらしく、その 重なり合う カラスを 引き離そうとしたのか 一羽が バッ!!! と 飛び立っていった。
そうすると 弱った方の一羽が Tさんのお宅の庭に隠れるように、びっこをひいて入った。
ギャラリーのカラスは いなくなった。
これで なんとか 私も いそいそと 外に出てFさんに なにがあったのか聞くことが出来た。
なんと なんと わたしの忌み嫌うカラスたちは あの弱った カラスを 必死で助けようとしていたらしい。
一羽が 懸命に飛べないカラスを起こし、一緒に飛ぼうと 試みていたという。
そんなことってあるんですか?! と ちょっと わたしは 嬉しくなった。
カラスは 仲間意識が強い生物ですから そういう時は 助けるって 聞きます。
と、ちょうどレッスンの終わった 生物博士 Kくんも 同意する。
嬉しいではないか 嫌いなカラスの いいところが わかっただけでも 嬉しいではないか。 トランプにも そんなところが 見いだせないものかと 毎日祈っているのになぁ と その報告を母にしながら わたしが そんなコメントをつけると。
「あれは 動物以下だから まず無理よ それを望むのは」と まだテレビに目を当てたまま 返事だけはする。
ほんとに この人は 起こった出来事を わかって 返事をしているのだろうか?と不信に思いながらも 返す返事だけは いちいち 的を得ているので 寝っ転がった背中にそれは言わなかった。
目 瞳 眼 まなこ
自宅のトイレのひとつにメインクーンという猫種のカレンダーを吊るしてある。
毎年それを購入し、1月から12月までの それぞれ 個性の違った メインクーンたちの写真を眺めて用を足すのだけれど。 今年は9月の写真になった 三毛猫のメインクーンがピカイチに美しいと、用を足すたびに 1月であろうと 7月の今であろうと、9月のカレンダーページをめくり 1日に一度はちらりと彼女の顔を拝む。
いっそのこと9月の写真を軸にして カレンダーを工夫すればいいではないかと言われそうだけれど、そうしては 他の暦の猫たちに申し訳なく、それは出来ない。
それほどまでに 彼女は美しいのだ。 勝手に彼女と決めているが あの意識せずとも色気のある目 まなこ 美描の面持ちは 女の子だと思う。
明日 写真を撮って このHPにも載せるつもりですので、ご覧にいれるのはしばし お待ちください。
しかし 美の基準は色々ありながらも、目の美しさで ひとを惹きつけることのない美は 1格上のランクにはいけないだろうなぁ と 芸能関係で美を競う世界にいる方たちをみると、そのように感じることが多い。
眼の力 眼の光が美しくみえる目 ちょっとした 奇跡的な配合で生まれる その生き物の持つ 美しさは目ありきかもしれない。
たれ目、三日月目 ハロウィーンの目 と からかわれ。それを自分でも十分に自覚しながらも それでも 若さとは ばかさ と言われても仕方ないレベルで、いつかはなんとか頑張れば 中山美穂みたいな目になれるかもしれない!奇跡的に 美人とよばれてみたいと必死になっていた二十歳のわたしに、こう言いたい。 人生には潔く諦めなくてはいけないことが数多くあるんだ。と。
鼻の位置 口元の美しさ 歯の輝き 色々と美の基準には厳しいハードルはあろうものの。それぞれが それぞれのかわいさを持つ猫たちの中でも 目の魅力が群を抜く美しさは トイレをしながらでも 魅入ってしまうのだから ほんと‥‥‥ 抗えないのだ。











